2023年1月〜2月初旬
札幌市の一大イベント、札幌雪まつり。
多くのお客さんが国内外問わず訪れる人気イベントであり、大通には巨大な雪像や市民制作のキャラクター雪像などが立ち並ぶ。
「この雪まつり、どうやらアルバイトを募集しているらしい。」
そう気づいたのは、2022年の年末のことであった。
あくる2023年は、コロナ禍を経て3年ぶりに、大通で雪まつりが対面開催される年であった。つまり節目の、重要な年である。
札幌の大学に通う僕はこう思った。
「この札幌の一大イベントに労働力を捧げることで、名誉札幌市民の称号を手にしたい。」
むろん、「名誉札幌市民」などという称号は存在しない。ただ、僕自身の気持ち的な問題である。僕は札幌市が好きなのだ。
僕はindeedを漁った。
調べたところ、どうやら
①雪まつりの会期前に、巨大雪像の製作を補助する仕事
②雪まつりの会期中に、出店やアクティビティの接客をする仕事
の二つがあることがわかった。
僕はどちらも応募して、札幌市に若者の労働力を存分に捧げようとしたが、受かったのは①の雪像制作のアルバイトのみであった。
雪まつりのバイトは、結構人気のアルバイトなのかもしれない。
雪像製作のバイトとは…?
雪像製作のアルバイトをやっている間、友人から「雪像ってバイトが作ってるの?」という質問をよく受けた。
たしかにそうだ。
緻密に造形され、かつ自立するように作られた雪像を、果たして末端のアルバイトによって作ることは可能なのだろうか?
僕自身、アルバイトに入る前はそのようなことを考えていた。
しかし、アルバイトに課された業務の実態は、技巧を用いて雪像を整形する作業ではなく、フルタイムで行われる雪かきであった。
フルタイム雪かき
巨大な雪像製作の流れを確認しよう。
巨大な雪像の製作過程は、基本的に「引き算」である。
まずはじめに、雪を積み上げて、巨大な四角い雪の塊を作る。(一月初旬、大通りの至る所に巨大な雪の長方体があったことを皆様はご存知だろうか?)
その後プロの雪像技師の方々が、難しそうな設計図とマーカーを用いて、その塊から削り取る部分を決める。
設計図に基づいて、上位の立場にあるアルバイトが、四角い巨大な雪の塊を削っていく。
そして、末端のアルバイトであった僕の仕事は、上位のアルバイトが削った雪をひたすら除雪すること、つまり雪かきであった。
僕はアルバイト期間中、朝8時ごろに出勤し、そこから18時までひたすら雪かきをしていた。
もともと、体を動かしながら作業をするのは好きなので、雪かき自体はとても楽しい作業であった。
また、雪かきの一環で、高所作業を行ったのも楽しかった。
雪像の上に降り積もった雪をどかす時、ハーネスを使って仮組みの足場を上り、現場職のような装備で雪かきを行った。
雪像の上に立った時の見晴らしはよく、テレビ塔に登った時のような、大通の綺麗な景色を下に見やることができた。
大通を上から見ると、さながらキューブリック映画の一点通し図法のような、美しく規格化された景色が見れてとても良い。
雪かきはとても楽しい。しかし、厄介なのは、その雪かきが永遠に終わらないということである。
このアルバイトは1月、真冬に行われた。当然ながら、札幌では雪が降るので、アルバイトは①雪像製作によって削られた雪と②降雪によって積もった雪の二つを、絶え間なく処理していく必要があった。
それにはすこしこたえたが、しかし作業は楽しかった。
雪かき後の「足し算」
ある程度設計図に従って雪を削り取る段階が進むと、今度は、削った部分を綺麗に整える作業に製作段階が移行する。
先ほどまでの雪かきが「引き算」なら、今度の作業は「足し算」だ。
形が崩れたり、削り過ぎてしまったりした箇所を、水の混じった綺麗な雪、「化粧雪」を用いて整えていく。
雪が降る日は「化粧雪」には困らないが、晴天の日には雪が不足する。
そんな時はトラック業者が「化粧雪」の素材となる綺麗な雪を、荷台にいっぱいに詰めて運んでくる。
なんと、50km以上離れた中山峠から、わざわざ大通に運んできているのだから驚きである。
アルバイトを雇う人件費、雪像を作る際の装備費、雪の輸送費…
「雪まつりというのはなかなかに予算のかかった、贅沢なイベントなんだな…」と感じた。
寒波襲来
1月下旬、強烈な寒波が日本列島に訪れた。
それは北海道においても例外ではなく、「最強寒波」という言葉が北海道新聞の上を踊り、当別の車の立ち往生がニュースになった。
そんな寒波が直撃している、ちょうど中日に雪まつりアルバイトのシフトがあった。
「流石に、これは休みだろう…」
しかし、朝、アルバイト先からの連絡はない。意を決して僕は職場に向かった。
ホワイトアウトした視界の中、信号と車のライトを頼りに大通へ向かうと、そこには当たり前のように作業の準備をしている職場の人たちがいた。
雪像制作のアルバイトの上位の方たちは、全くもって、したたかでタフな人たちである。
連日、朝から夜まで作業をしながら、寒波をものともせず作業をする姿に、僕は心を打たれた。
振り返ってみると、期間中上位のアルバイトの方は、いつも、どんな時でも作業をしているような気がする。
例えばそれは、勤務時間にも言えることだ。
このアルバイトは通常の勤務にプラスして夜番の勤務も可能なのだが、夜番は大変しんどい。
朝から夜の21時まで、ひたすら雪と格闘しないといけないのだ。
しかし、上位のアルバイトの方はそんな苦労など感じていないのか、率先して夜番のシフトに入っていた。恐ろしい。
さらにいえば、作業の押している雪まつり会期直前には、12時以降、つまり日をまたいで作業をする人たちもいた。とんでもない。
僕のように週2回、「雪かきしてるだけで塾講師並のお金稼ぐの気持ちエ〜」みたいな感覚で彼らはアルバイトをしていない。
「雪まつりにまでに雪像を完成させる」という、もっと崇高な目的に向かって上位アルバイトの彼らは身体を動かしていた。
僕はきっと彼らこそが、名誉札幌市民なのだと感じた。
子供
ある晴れた日、子供を引き連れた保育士の方が我々の作業現場に訪れた。
子供は各々好き勝手に我々を見物し、走り回ったり叫んだりしていた。
僕は「いつから自分は、社会科見学の対象側に回ったのだ…」と思った。
子供たちはかわいかった。そう思ったのは他のアルバイトのおっさんたちも同じだったのだろうか。子供の可愛さに当てられて、雪かきのスピードが上がった。
職場環境
この雪まつりの職場環境、正直言ってクソよかった。
リーダーの方、そしてそれの下につく人たちの性格があまりに良く、すごい暖かい職場環境であった。
作業中、バイトを束ねるリーダーの方たちは率先して働き、ジョークによって人を笑わせ、笑顔が絶えなかった。
何より、末端アルバイターの僕の名前を覚えてくれていたのが嬉しかった。正直短期で入ってくるアルバイトなんか、言ってしまえば「使い捨て」の存在である。
しかし、そんな存在の僕に対しても、ちゃんと誠意を持って対応してくださる人たちだった。それが僕はとても嬉しかった。
冷静になって考えれば、このバイトの作業はかなりきつい。
マイナス10度を下回ることも稀ではない極寒の中、ひたすら雪かきをさせられる。かなりきつい作業である。
でも、アルバイトを包み込むこの環境によって、僕はまったくキツさを感じることはなかった。
神すぎる福利厚生
このアルバイトは札幌市営の事業のため、潤沢な福利厚生があった。
特に、無料で提供される飲食物が充実していた。
食について…日清と提供しており、アルバイト期間中、休憩所内にあるカップ麺を無料で食べることができた。
飲について…コカコーラ社と提携しており、綾鷹といろはすを無料で飲むことができた。
また、防寒具の貸与も充実していた。ノースフェイスの、結構高そうな防寒具を着ることができた。
普段、使い古されてスカスカのユニクロのダウンジャケットを着ている僕にとって、ノースフェイスの暖かさは身に染みるものがあった。
福利厚生に包み込まれる、あったけえ…。
雪像、完成
2月初旬に入ると、いよいよ雪像もその姿をはっきりさせてきた。
自分はひたすら雪かきに従事した末端アルバイターではあったのだが、それでも自分の関わった雪像が完成していくのをみるのは嬉しかった。
気持ち的には、高校で文化祭の準備をしていた時より楽しかったかもしれない。
なんせ、高校の文化祭の時と違って、ただ無償で労働するわけではないのだ。
働きながら、雪像が完成していく成果を実感しながら、お金がもらえるのだ。労働、気持ち良すぎだろ。
雪まつり前日、ついに雪像が完成した。僕は完成した高揚感と達成感から、さも自分が雪像を作ったかのように周りに喧伝する厄介な人間になった。
雪まつりの話題が周りから上がるたびに、僕は口を突っ込んだ。
「西〇丁目の雪像あるじゃん?あれ、僕も作ってたんだよね…」
なんてうざい人なのだろうか。
会期中、彼女と雪まつりデートをした時も、僕は盛んに西〇丁目の雪像の話題を出した。
彼女が聞いたわけでもないのに。
当時の僕は、雪かきをしただけで、「札幌市民としてのステージが上がったのだ」というひどい勘違いをしていた。アホであった。
しかし、その勘違いの中には、雪まつりのアルバイトによって、札幌市に貢献することができたという、ささやかな矜持も含まれていた…。
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