僕は二年の後期、8単位を落とした。8単位…!?は…8!?嘘だろ?嘘だよな…

文学部の授業をナメ腐っていた話
僕は現在、北大の文学部に所属している。二年生だ。
自分でいうのもなんだが、文学部で8単位を落とすというのは相当の「偉業」である。
僕がそう言い切れる根拠は二つある。
まず、文学部の授業が「簡単」であるということ。
おしなべて、文学部の授業難易度というのは、他の学科に比べ低い。
文学部の授業は理系のように積み上げ学習をしないので「途中でつまづく」ようなことはない。なので、基本どの回から出席してもある程度授業についていくことができる。
そしてぶっちゃけた話をすれば、座学であれば大半の授業が「別に講義に参加しなくても」教授の書いた本か関連書籍を2~3冊読み漁れば、期末レポートが書けるくらいの理解を得ることができてしまう。
そして二つ目は、文学部の「単位認定の緩さ」である。
文学部の単位認定は正直めちゃくちゃに緩い。「課題」か「レポート」をちゃんとこなしていれば、仮に生徒から出たアウトプットがどれほどひどくても、十中八九単位はやって来る。
(むろん、出席が必須となる演習系の授業は除く)
例えば二年の前期、僕は「これを読んで人生の時間を幾分か奪われる先生は本当にかわいそうだなあ」と思うくらい、お粗末なレポートを3本ほど提出した。
他学部であればその単位は確実に落ちているのだが、文学部をなめてはいけない。僕のその三本のレポートは、それぞれの授業の二単位を連れてきた。僕は逆にその緩さに驚いてしまった。
このように、文学部は「課題」と「レポート」という義務を最低限満たしていれば、単位の取れてしまう緩い学部なのである。
(もっとも、僕はそれを怠ったから8単位も落としてしまったのだが…)
授業に出ずとも自分で調べれば授業内容が理解できてしまう「簡単」な授業、そして別にそれほど頑張んなくても単位がくる「単位認定の緩さ」を二年生の前期に知った僕は、文学部の授業をナメてかかり、大学に行かなくなった。
後期が始まってからというもの、僕は講義をさぼって友達とたまゆらに行き、山梨を旅行し、バイトの取材に行き、シアターキノで映画を見、アルバイトに従事し、ブログを書き、ギターを弾いた。
12月以降はその傾向がさらに加速した。単位を取得するために自分の興味のない授業を受ける事が、さらにいえば大学に行くのがあほらしくなってしまったのだ。
その結果が8単位の落単である。さすがに文学部をナメすぎた。3年の前期はもっと大学行きます…。
ニコーリフレで「すべて」を理解する
8単位を落とそうが、生活は続く。
落単の事実を知り、沈み込んでいた僕は、twitterで「こんなかに、単位落としてないやついる? 」とやる気のないマイキーのネタツイをしていた。何も生み出さない。不毛である。
そんな時、同期に誘われて部活終わりに「二コーリフレ」に行くことになった。
ニコーリフレは狸小路の西二丁目にあるスパ施設である。
ビルを丸ごと使った施設であり、サウナ、レストラン、休憩所、カプセルホテルがフロアごとに並んでいる。立地もよく、周辺には居酒屋や飲食店が店を連ねているためアフターサウナも存分に楽しめる。

札幌には様々なサウナ施設があるが、ニコーリフレはとりわけ「ロウリュ」のあるサウナとして評判だ。
ロウリュとはフィンランド由来のサウナの楽しみ方である。アロマを含んだ水を石窯にかけ、その蒸気を仰ぐことによって、香りと熱い空気の流れを楽しむことのできるサウナのスタイルなのだ。まあ、要は香りと熱風付きのサウナである。
僕はニコーリフレに今まで行ったことはなかったが、かねてより先輩から「あのロウリュはヤバい」というのを伝え聞いていた。その先輩はサウナでととのいすぎて「黒閃」が出たと言っていた。僕には一級呪術師の先輩がいます。

というわけで早速、ロウリュを体感することにした。ロウリュに入る前には口にタオルを巻くことが推奨されていた。これは感染症予防というよりもむしろ、熱すぎる空気を吸って口や鼻の中をやけどしないためのモノらしい。
(僕は以前静岡の「しきじ」という高温サウナに行ったのだが、タオルを巻かないでいたら鼻の中に入ってくる空気があまりに熱く、鼻毛を焦がしてしまった。)
タオルを巻き、友人と一緒にサウナに入る。サウナには30人ほどがおり、部屋の中に人が満ちたタイミングでスタッフがやってきた。
スタッフはロウリュの説明をし、レモンの香りが含まれた水を石窯に垂らす。慣れた手つきで淡々と作業をしていた。僕の体感としては、ここまでは普通のサウナとあまり変わらなかった。時々室内を満たす柑橘の匂いが、僕の正面で揺らめいているのを感じた。
流れが変わったのは、スタッフがタオルを上に掲げた時だった。スタッフは掲げたタオルを左手で持ち、自身の身体にまとわりついたものを振り払うかのように、ぐるぐるとタオルを回した。
(かなり古いたとえで申し訳ないのだが、僕はヘキサゴンの『羞恥心』を連想した。)
そして、持ってきたバケツに入っているレモン水を全て石窯にそそぐと、すぐにタオルを両手持ちに替えた。室内は急速に温められたレモン水の蒸気で満たされた。そして、スタッフはタオルで一人一人を仰いでいった。
「1、2、サウナ~!」。よくわからない掛け声、そして室内にいる人たちの拍手とともにスタッフは僕に熱風をかけた。熱風は気持ちよかった。
あの、お風呂の、入り始めの感覚ってあるじゃないですか。冷えた体、その体の外部が熱に包まれて、じわっとした感触が広がるやつ。あれが熱風のたんびに来るんですよ。僕は僅か5秒の間に3回入浴した。素晴らしい感覚だった。ロウリュっていいなあ。
スタッフはサウナにいる30人全員に熱波を浴びせた、その後、サウナ室から出る人間に向かって「1~10まで好きな数字を言ってください!」と言い、客が言った数字の回数分熱風を浴びせた。
ロウリュからでた僕は「備長炭凛水風呂」というなにやら健康によさげな湯船に浸かる、まあようは16℃の水風呂である。水風呂は冷たかった(当たり前)。あまりの冷たさに自然と口が空き、目が見開く。身体を震わせながら顔芸をする友人の姿は面白かった。
「首の裏まで冷やすといい」と友人にアドバイスされた僕は、たっぷり水風呂につかり、室内のベンチへ坐った。寒波がやってきたときの札幌市街地を歩いた時のように、僕は凍え、震えていた。しばらくの間小刻みに痺れた体を動かす僕。寒い。しかし、それが裏返る時が訪れる。
急に、体の中で何かが「上昇」した。胸の奥から込み上がってくる、温かい何か。上昇が続いている、太ももあたりから上昇を始める何かは、鎖骨あたりまでを目処に登り続ける。身体の中で陣割と広がっていくそれは、通過したところを温めていく。
床屋の前にある、エンドレスで上へ上へと回り続けるポールをイメージしてほしい。物理的には底面と頂点が設定されていても、ずっと上へとまっすぐに向かっていくように錯覚する上昇。足を下端、鎖骨を上端としてあのエンドレスに続く上昇が、僕の体内で起こっていた。
血流か?血流が巡回しているからなのか?わからない。強烈に、体内の「上昇」が意識される。それと同時に、腹筋が震え始めた。腹筋と連動して、自然と小さな笑いが止まらなくなる。隣に座る友人は不思議そうな顔で僕を見つめた。
さらに、周りの音が急に近づいてきた。交感神経が活発になり、目が開いてくる。口が開いてくる。例えるなら勇次郎と戦ってる時、0.5秒のシグナルを探ろうと集中している刃牙みたいな顔になってた。ガンギマリ。
そしてある瞬間、僕は「全て」を理解した。
本、新聞、twitter、他人の言葉、映画、youtube、僕の中に堆積しているすべての知識が、言葉が、ある瞬間だけ自分の脳内で一つになった。一瞬だけ、『チェンソーマン』のハロウィンの悪魔並みの知識を僕は手に入れた。言葉が、知識が、一つになった。
そして分かった。
今抱えている悩み、劣等感、他人へのネガティブな感情、そういった心の中のマイナスな部分。
それらはこの絶対的な「瞬間」に打ち勝つことはできない。今、ここで座り、血流を回転させながら空間を占めている僕の存在こそがこの世の絶対なのであり、その周辺は全て副次的なものに過ぎない。そういったことを考えたような気がした。
ととのいの先に待っていたのは…
ともかく、ロウリュによって僕は今までにないくらいととのった。岸田総理の言っているレベル以上に「異次元」の快楽が僕には訪れた。もはや、自分が8単位を落としたことなどどうでもよくなっていた。身体を満たす感覚はフル単を取った時のそれであった。
僕は「フル単とったわ…」と覚醒した思考の中でつぶやいた。友人は「よかったね」と言ってくれた。
それから、僕は友人たちとニコーリフレの休憩スペースで至福の時を過ごした。ポテトを肴に、「オロポ」(オロナミンCとイオンウォーターのカクテル)、「アクエリアル」(アクエリアスとリアルゴールドのカクテル)を飲んだ。

僕が文系のクセして「アクエリアルって有機化合物みたいな名前してるよな」というと、すぐさま理系(医学部と農学部)である友人にあしらわれた。
その後ベットのあるスペースで熟睡した。正直ベットはフェリーのB級寝室にでもありそうな粗末なものであったが、僕の身体はそんなことをお構いなしにベットへと沈み込んでいった。身体の筋肉は過去1か月ないレベルで弛緩しており、僕は一瞬で入眠した。

しかし翌朝、目が覚めた時、僕は違和感に気づく。思った以上につかれているのだ。目覚めは良い、しかし、身体を満たす虚脱感や筋肉の疲れは覚醒するにつれじわじわと意識の一角を占めていく。おかしい、自分は昨日ロウリュですべての疲れを捨て去ったのではなかったか…。
どうやら友人も似たような違和感を抱いているようだった。肩が痛い。太ももが痛い。歩くのがつらい。僕たちは「なぜ、ゆっくり休んだはずなのに体が疲れているのか」ということについて、真剣に話し合った。
出た結論は、「ギアセカンドのようなものではないか」というものであった。
『ワンピース』の主人公、ルフィは、自身の血流を極めて速く回すことによって自身のパワーとスピードを上げる「ギアセカンド」というバトルスタイルを持っている。
しかし、ルフィは初期のころ、そのギアセカンドをうまく使いこなすかとができなかった。血流をひたすらに上げる戦闘スタイルにルフィの身体はついていくことができず、ギアセカンドを使った後、ルフィは立ち上がれない程の疲労を抱えていた。
僕たちがニコーリフレでやったことはまさにそれなのではないか。ニコーリフレのサウナで血流を上げ、一時期は(機敏に動くルフィのような)完璧な体調を手に入れた僕たちであったが、その血流の速さに体が耐え切れず、それが翌朝の虚脱感に繋がったのではないか…?そういう推論を僕たちは行った。
友人と共にニコーリフレから出、帰宅のため北大方面へ向かうさなか、僕は肩にかかる相当の虚脱感と、腹筋への筋肉痛に苦しめられた。友人たちも自身の身体の不調を訴える。とても休みに行った人間の帰路にはふさわしくない会話であった。
僕自身の抱える体調の悪さは、すばやく僕に落とした8単位のことを想起させた。
「結局、自分はフル単ではなかったのだ…。」
そのような事実に気づいた僕は、最低限の単位を拾うため、残っている期末レポート消化に向けてパソコンを開いたのだった…。
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