村上春樹は、国民的作家である以前に、「走る作家」である。『走ることについて語る時に僕の語ること』

「走る作家」としての村上春樹 走ることは、僕がこれまでの人生の中で後天的に身に着けることになった数々の習慣の中では、おそらくもっとも有益であり大事な意味を持つ者であった。p22 村上春樹は、国民的な作家である。 『世界の...

爆発した芸術には、岡本太郎はもういない。「岡本太郎記念館」レポート

僕と岡本太郎 僕が岡本太郎にはじめて触れたのは、高校一年生のころだった。 それは、岡本太郎の本である『自分の中に毒を持て』を読んだ時である。 僕は、『自分の中に毒を持て』の言葉の一つ一つに、大きな衝撃を受けた。そ...

今年は、子供のような気持ちで実家に帰れるかもしれないということ『夏の庭』

子供の頃、実家に帰ることは今よりも楽しかった。ワクワクした気持ちで、高速を走る父親の車に乗せられていた。 小学生くらいまで、父方の祖父の実家に帰ることは夏休みの楽しみの一つだった。 祖父母はやさしいし、お小遣いはもらえるし、何...

思い出すこと、創作すること『人間の建設』書評

話が面白い人になりたい。 思えば中二ぐらいからそんなふうに思っている。大学一年生のころの僕は、星野源のラジオを聞いて、改めてそう思った。 あんなに話が面白くて、相手を楽しませることができるのなら、ガッキーと結婚できるのも納得し...

大学2年生の4月、僕は時計で時間を測ることをやめた『モモ』

思うに、大学2年生の4月とは、(特に文系の学生にとって)人生の中で最も「浮いた」時期なのではないか。 就活の足音はまだ遠く、特にこれといって一斉に「何かをやれ」と強制されることはない。 大学2年生は、最もモラトリアムの...
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