自由だから、悩む。自由だから、楽しい。自由だから…『イージーライダー』

酒とドラックに浸り、アメリカの広大な大地をバイクで駆け抜ける主人公が、自由であるが故の葛藤を感じながら旅をしていくロードムービー。それが『イージーライダー』だ。
この映画は、かなりメッセージ性の強いロードムービーである。カウンターカルチャーというかヒッピーというか。

今となっては、YouTubeで誰でも世界中の旅動画を気軽に見ることができるが、この映画が公開された1969年にはきっとそんなものはなかった。なので、この映画の中に映るアメリカの広大無辺な風景は、当時の人々にとって憧れだったんだろうなぁと映画を見ながら勝手に妄想した。

そしてこの映画である意味主役と言ってもいい、アメリカンなゴツいバイクがかっこよかった。

先日、サークルの先輩にアメリカンバイクの良さとは何なのか尋ねたところ、「カッコよくて、うるさくて、乗りづらい」ことだと言われました。僕は内心「後ろの二つ、うるさくて乗りづらいのはデメリットなんじゃないか…」と思っていたが、この映画を見てその考えは変わった。

アメリカンバイクは「カッコよくて、うるさくて、乗りづらい」バイクだからこそアメリカンバイクなんだ!と謎の納得感を得た。自分で書いてて意味分かってないけど…

バイクの走行中に流れるBGMもオシャレだった。僕は洋楽と言えばビートルズとU2ぐらいしか知らない(しかもこれ、どっちもアメリカじゃなくてイギリスの曲だ・・・)くらい疎いので、流れている曲が何なのかは分からなかったのですが、不思議と気分が高揚した。

僕はヒッピーという人々について、以前から本で知っていたのだが、それはあくまでもテキスト上の情報でしかなかったので、今回映像としてヒッピーのイメージが掴めて楽しかった。「本当にこんな人たちが昔いたのだろうか…」と首を捻りたくはなりますが…

「この国(アメリカ)では個人の自由を謳うクセに自由な奴は嫌われる」というような印象的なセリフがある。これは高校で習った「基本的人権は憲法に規定されているけど個人には適応されない」というプログラム規定説みたいだなあと思った。

ヒッピーの自由だけど葛藤を抱えた生き方を見て、不自由だけど大きな物語(良い会社→良い学校→良い人生と言ったような誰もが共有する生き方の規範のようなもの)に抑圧されている社会か、自由だけど生きる意味が与えられずにつらい社会か、どちらがいいかなんて分からないんだなあとしみじみ感じた。

ラスト、結末のシーンの意味が僕にはわからなかった。けれど、この映画を終わらせるためには、不思議とあのような結末でしかありえなかったのではないかと感じる。

Pocket
LINEで送る

コメント

タイトルとURLをコピーしました