恵迪寮記#1 寮の食事

雑談

その時僕はマルエフのビール缶を握っていた。
空になった缶をいじる。
目は、向かいの席に座った人が喋る様子を見つめている。しかしくっきりと見えているわけではない。ぼーっとしている。

都内のビルの19階にあるオフィスに、僕は居た。しかし、頭の中で僕は別のところにいた。僕は恵迪寮の居部屋にいた。そこで僕は飯を食べていた…

内定者イベントへ

大学四年生の5月、内定をいただいた都内企業の親睦会に参加した。

前日に東京に着き、実家でダラダラと過ごしたのち都心に向かう。(12時間寝た。)

今回は他の内定者との交流を深める会だという。企業の選考を通じて社員の方々と話す機会は多々あったが、他の内定者と話すのは初めてだ。

集合場所に行くと、明らかに身なりの整った集団がいた。怖い。一人めちゃくちゃエロい女がいる。え?あれで外を歩いてんの?というかまじで大学生なのあれ?声をかけるのをためらう。僕は直前に買ったミニストップのクランキーチキンを速やかに食べ、静かに合流した。

イベントに参加しているのはおよそ20数名。
聞けば、ほとんどが東京の大学に通っているという。また、その中でも私立の文系の割合が多かった。IT企業のビジネス職という業種柄、そのような属性になるのだろうか?


北海道から来た人間はおらず、地方大学に通うのはもう一人、岐阜大学の人だけだった。
山手線を一駅分歩き、会場に移動する。川沿いの公園を通ると、5月の穏やかな日差しが木にかかってすごく綺麗だった。サラリーマンが芝生で膝を立てて首を後ろにたらして空を見上げていた。路地を抜けてオフィス街を目指す。

オフィスは駅ビルの19階にあった。
清潔にしつらえられたオフィスに緊張する。
普段居住している恵迪寮の汚さに慣れてしまったじぶんは、どことなく居心地が悪かった。

人事のアナウンスがあった後、乾杯をして懇親会が始まる。オードブルのご飯を食べながら、専攻分野の話、アルバイトの話、サークルの話など、お互いに話をする。

初めは楽しかった。
関東圏の大学生がどこでドライブをするのか?
実家から電車を乗り継いで通うことの大変さ。
なぜこの会社にしたのか?

自分の知識の範疇にないことを色々聞くことができて楽しかった。都会の大学生の暮らしの感覚について、色々聞くことができた。

しかし、違和感に気づく。

「あれ?だんだん楽しくなくなってきたぞ…」

なんだか会話がつまらない。北大で人と話している時には感じない雰囲気がある。ことばが途切れる。なんでだ?あ、わかった。

こいつら、会話の節々にマウントをいれてきやがる!

フランス留学に行ったこと、アパレルブランドで働いていること、住んでいる場所、ビジネス書について、学生団体の話…

明らかに、自身のプロフィールの属性が持つ価値を自覚し、それらをさりげなく披瀝することによって彼らはカタルシスを得ていた。

話しているその人が何に興味を持っているか、何をしたいのか、そういうその人自身の「欲望」について興味のある僕は、彼らの「属性」を語るコミュニケーションについていくことができなかった。

ここで誤解を解いておきたいが、別に僕は他の内定者たちを貶したいわけではない。

内定者たちはいい人たちだった。
笑顔を絶やさず決して相手の尊厳を気付けるような弄りはしない。

そして、いまいちノリについて行けていない僕に話を振ってくれた。相槌を打つだけの機械としてクッションに座っている僕に。
すごいいい人たちだった。

しかし、価値観が違った。もっと突き詰めて言えば、自尊心をどこにおいているかが違った。

僕の自尊心の拠り所は、人が聞いたら面白そうな場所や作品や物事を知っていることだと自分では思っている。

道内の誰も行かなそうなキモい田舎のスポットを知っていることや、面白い映画を紹介できることに自尊心を置いている。

あるいは、客観的に見て珍しいと思えるような体験を共有できている時に、自分の自尊心は満たされているような気がする。

一方で、私がイベントで出会った東京の大学生はそうではなかった。

彼らはもっと現実的だった。彼らの自尊心の拠り所は長期インターン経験、マーケティング調査のアルバイト、知り合いが有名菓子店のオーナーであること、住んでいる土地だった。
それはステータスだった。彼らの持つ属性だった。

そういった属性をお互いに晒し合い、お互いに褒め合う会話が行われており、僕はそれに面食らってしまった。

普段、北海道で話している時はそんな会話をしないからだ。これが東京の大学生の持っている作法なのか?と感じた。

また、こうも思った。自身のステータスを晒し合うことは、共通言語としての役割を持っているのだろうか?と。

つまり、長期インターン、学生団体、留学などの属性は、特に就活市場において経験をしている人が多いから、会話の共通項としてそれらの属性を伝え合っているのか?と感じた。あくまで、会話の種として。

北海道よりも遥かに流動的な都会の人間関係の中でサバイブする(生き残る)ためは、そういった属性を自分の身に纏うことが必要なのだろうか?

とたんに都心の大学生が怖くなった。僕が進学したのが北大ではなく都心の大学だった場合、僕はそういったコミュニケーションの中でサバイブすることができるだろうか?
無理だ。確実に精神をやられる。

色々な評価基準がある中でどれを選択したらいいのかで自信を失いそうだし、何よりも自分より「強い」ステータスを持っている他人への嫉妬で狂ってしまうだろう。

逆に、都心の大学生はそれを乗り越えてきて今この場!内定者イベントの席に立っているのか?恐ろしい。

僕は、都心の大学生の会話についていくことができず、ずっとニコニコして話を聞いていた。無言でマカロニを食べた。あるいはアルカイックスマイルを浮かべていた。

時々、「話を回さないと!」という義務感が首をもたげてきた。が、マルエフの缶ビールを飲んだことで獲得したアルコールが、その義務感が行動にうつされる前に意識を蹴散らした。

口を開いても、反応的に打ち返していく、ラインのテキストメッセージのようなコミュニケーションをしていた。ことばを咀嚼して考える時間がなかった。

多分、上智大学の心理学専攻の女子とアルバイトの話をしていた時だろう。私は寮のことを考えた。
頭にふと浮かんできた情景は、恵迪寮の居部屋でスペシャルを食べている時だった…。

※スペシャル…寮で出される炊き出し。一年生はタダ。

寮での食事

恵迪寮内で食べる飯はうまい。それはなぜか。

かしこまった雰囲気じゃないから、寮生同士で話しやすいから、色々理由があるだろう。

しかし、僕は今回の内定者イベントで思った。

寮内では、都心の大学生がやっていたような、マウントを取り合う会話をせずにすむ。
その雰囲気が、そこで食べる飯を美味しくしているのだろう。

寮に住んで1ヶ月経った。
初めは緊張して自分をよく見せようとする振る舞いをしていたが、だいぶそれもなくなってきた。

これは現寮長候補が言っていたことでもあるが、寮では取り繕うことができない。

自分をよく見せようとしても、毎日同じ場所で過ごしていれば、その皮は剥がれていき、自分でしかいられなくなる。

寮では属性で評価されるというよりも、よりその人自身が評価されているような気がする。

あるいは、その人が寮でなした功績、自治活動の結果において、評価されている。

かなりフェアな評価だ。そういう雰囲気が好きだ。そこでは、都内の大学生のようにマウントバトルをせずにすむ。その雰囲気の中食べる飯が美味しいのかもしれない。

恵迪寮に住んで1ヶ月、寮を離れて東京に行き、生活の切断があったからこそ、そのことに気づいた。

きっと、寮に長く住んでいく上でまた考えは変わるだろうが、今僕は恵迪寮のそういう雰囲気が好きだ。

実家にて

内定者イベントから帰って、夜ご飯を食べながら母親と喋る。イベントでも食事をしたが、なんか食べた気になれなかったため食べ直した。母親の作ったエビのガーリック炒めがうまい。
大学から社会人時代まで、ずっと東京で生活してきた母親に、都内の大学生の肌感覚について尋ねる。

「今日のイベントで都内の大学生がめちゃくちゃマウント合戦してたんだけど、それってよくあることなの?」

母親「まああるんじゃない?

初対面の相手は怖いから、そういうステータスを出していってお互いを牽制しあうのは東京だとよくある気がする。

というか東京だと大学生ってより社会に出てからの方がそれは多いよ。」

「ふーんそんなもんなのか。

ビジネスの場でそういう会話が行われているなら、都内の大学生はその予行演習を大学のうちからやってるってことになるのかな。」

母親「まあそういう側面もあるんじゃない。

というかあんたは営業で入ったんだから、そういう(ステータスを晒し合う会話)を嫌がるんじゃなくて、相手のステータスを持ち上げて機嫌を取るくらいじゃないと、仕事的にはダメなんじゃないの?」

なるほど、間違いなかった。

きっと、社会人はこういうお互いの属性について褒め合う会話の虚しさ、つまらなさを受け入れた上で人と関わっているのだろう。

営業職の私の父親もきっとそうなのだ。父親すげえ。

僕のようにその会話をつまらないといって愚痴る人間は、社会人の立場からして子供じみているんだろうなと感じた。

一方で、もう少し寮での会話のような、お互いにマウントを取らなくてもいい心地よい会話に、学生のうちは浸っていたいなあ…とも感じた。

東京はまだわからない。怖い。寮に帰ろう。

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